Kinderszenen

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2012.08.11 Saturday ... - / -
#彼女は知らない

春の日差しが好きだ。そんなことを言えば似合わないと言われるのがオチなので、誰にも言わない。
司令部の裏に何本か木が生えていて、そこのどの木の下が一番日当たりが心地よくて、風が気持ちよいかを知っていた。毎回場所を変えて、念入りに調べた結果だった。
心地よい場所というのは、季節ごとに違う。
春はここが心地良く、夏は裏の倉庫の影が一番冷たい。秋は屋上で雲が一番綺麗に見え、冬は書庫の奥で窓から雪を見るのが一番美しいことを、私は知っている。東方司令部、二度目の春だった。

そういう場所では、仕事よりも勉強や趣味のほうが捗る。
今も錬金術関連の本を読んでいる。
書物の中身を頭の中に詰め、自分の持つ知識と重ね合わせ、よりシンプルな錬金術の構成を考える。
そうしていると、時間はあっという間に過ぎるのだった。

「大佐…皆が探してますよ」
「ああ……」
彼女は突然現れた。
「大佐、いつも突然いなくなるのはやめて下さい」
「外が気持ちよさそうなものだから、つい。」
「つい、じゃありません。大佐宛にお電話が…っ」
彼女が用件を言い終える前に、私は彼女の腕を引っ張った。
彼女は用件を言えなくなって、私の上に覆いかぶさる。
一瞬心臓の音が聞こえたが、彼女はすぐに私の上からのいたので、その音は遠のいた。

「大佐…いきなり何を…っ」
「まあそう焦らなくてもいいじゃないか。たまには君にも休養が必要だ。ここは心地良いだろう?」
私がそう聞いたとき、風が頬をなでた。彼女もここが心地よいと認めざるをえなくなったのか、はあとため息をついて、時計を見る。
「5分だけです。5分経ったら、部屋に戻ってもらいますよ」
「ああ、約束する」
5分=300秒。私はその一秒一秒を大事に思いながら、彼女とたわいない会話を楽しむ。彼女のことだ。5分経てば本当に、私を連れて部屋に帰ってしまうに違いない。
ただこの5分は彼女も私と会話することを楽しむと決めたようで、私の隣で座りながら笑っている。

「そういえば君、よくここが分かったな」
私はふと、そんな疑問を口にした。ここは決して人がよく通る場所ではない。どちらかというと、ほとんど人が通らない場所であった。
「だって去年の春もいつもここにいたじゃないですか。」
「そうだったかな?」
「ええ。季節ごとにころころと場所が変わってました。」
「どこも季節ごとに一番快適な場所を探しているんだが」
「ええ、本当に。そんな場所を探す暇があるなら、早く仕事を終わらせて下さい。」
彼女はつっけんどんに私にそう言う。そういうつれない彼女に私は意地悪をしたくなる。

「でも君、多分私の一番好きな場所は知らないだろう」
「え?」
「どこか分かるかい?」
彼女はため息をついて、知っていますよと言わんばかりに、答えてくる。
「夏は裏の倉庫、秋は屋上によくいました。冬は書庫なんかも利用されていたようですけど。違いますか?」
「違うな。どれもハズレだ」
「え?他にどこかありましたか?」
そう言う彼女をほうって、私は彼女の細い手首をつかんで、時計の針を見る。

「残念ながら約束の5分だ。部屋に戻ろう」
私は立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。彼女は納得のいかないといった顔をしていたが、とりあえず私の手をとり、立ち上がった。
「まだお気に入りの場所があるんですか?」
「それは秘密だな。言うのがもったいない」
「…いいですよ。どこでも探し出して見せますから。」
彼女はそう言って、先ほど私に言いかけた用件を私に伝えようとする。5分の効力はもう終わり。彼女はてきぱきと仕事内容を伝えてきた。




春はここが心地良く、夏は裏の倉庫の影が一番冷たい。秋は屋上で雲が一番綺麗に見え、冬は書庫の奥で窓から雪を見るのが一番美しいことを、私は知っている。彼女もどうやらそれを知っているようだった。

だが、彼女は知らない。

私がふらふらとどこかへ消えるのは、彼女がいつも私の姿を探し当ててくれるからだと。
私を探す彼女の姿を見るのが好きなのだということを。
そして二人で部屋に戻り、彼女がいれてくれるお茶を飲む、つまりは彼女のいる場所が一番好きなのだということを…彼女は知らない。
 
2005.01.06 Thursday ... - / -
#光
目を開けると、隣にいる筈の男がいなかった。
リビングの方でかたん、と音がしたので、私は上着を羽織ってリビングへと向かった。
「大佐。眠れないんですか?」
「いや、目が覚めたんだ」
彼はグラスを片手にソファーに座っていた。どうやらお酒を飲んでいたらしい。
彼は夜が苦手だ。暗闇は余計な事を考えさせるからだ、と言う。
私も夜は好きではない。暗闇は確かに嫌な記憶を蘇らせるからだ。
けれど、月明かりを入らせる為に、カーテンを開けたまま眠る彼ほどではなかった。

「何か、嫌な事でも思い出しましたか?」
「話すほどのことでもないさ」
彼はそう言ってグラスを傾けながら、窓の外を見る。
視線の先にはぼんやりと満月が浮かんでいる。

「月が綺麗ですね」
「ああ。月は好きだよ。周りを明るく照らしてくれる。どこでも。平等にだ。イシュヴァールでも月明かりだけが、唯一の光だった。」
彼はおそらくイシュヴァールの事を思い出しているのだろう。
イシュヴァールでの血の記憶。そこで唯一光る、美しい月の思い出を。

「私はあなたが光でした。暗闇の戦場で、たった一つの道標でしたから。」
私がそう言っても、彼は返事をしなかった。当然だろう。
彼が自分を肯定する表現を、あっさりと認める筈がないからだ。

「…寝ましょう。明日も早いです。」
「…そうだな」
私がそう言うと、彼はグラスをテーブルに置き、ベッドルームへと向かった。
彼がベッドに横たわると、私もその隣に横たわる。せめて彼が眠るのを確認しようと、私は意識をたもつものの、なかなか彼の寝息を聞くことができなかった。なので、私も中々眠りにつくことができない。

背後にある窓から差し込む、月明かりが眩しい。




************




夜は苦手だ。暗闇は余計な事を考えさせるからだ。
だから、私は眠る時はカーテンを閉めない。月明かりが暗闇になることを防ぐからだ。
けれど、今夜は新月で、ほとんど光が入らない。その為に寝付けない。
情けない性質だとは思うが、苦手なものは苦手なのだから、仕方がない。

プルルル…

そんな時、一本の電話が鳴った。
まさかこんな夜更けに電話がなるとは思っておらず、少し肩を震わせる。
「もしもし」
「大佐ですか?」
受話器をとると、そこからは女性の声が聞こえた。私がその声を間違える訳もない。
「…ホークアイ中尉?」
「やっぱり起きてらしたんですね。」
「何も言っていないだろう」
「コール2回で受話器を取る人間が、寝ていた訳ないでしょう」
「・・・もし寝ていたら、安眠妨害だ。」
「3回鳴らしたら切るつもりでしたから。」
私は眠れない時は、いつも電話のあるリビングにいる。コール音3回で取れる位置だ。
彼女はそれすら計算に入れているのだから、全く頭が上がらない。

ピンポーン…

今度は玄関のチャイムが鳴った。あわただしい夜だ。
ドアの向こうにいる相手が誰か、想像がつくものの、私は一応確認を取る。
「誰だ?」
「私です」
カチャリとドアを開けると、そこには携帯を片手に持った彼女が立っている。
彼女は私の姿を確認すると同時に、携帯の電源を切った。

「君がいきなり訪ねてくるなんて、珍しいな」
「いけませんか?」
「いいや。むしろ嬉しいよ。入りたまえ。」
「お邪魔します」
彼女はリビングへ行き、持っている鞄を置いて、上着を脱ぐ。

「大佐は私に構わず、早く寝てください。明日は早いのでしょう?」
「君が一緒に寝てくれるなら」
「せめてシャワーくらい、浴びさせてくれませんか?」
「じゃあそれを待とう」
「…分かりました。じゃあ早く寝ましょう。」
そう言って、彼女はため息をつきながらも、ベッドルームに行き、彼女はベッドの端に座った。

私も後に続き、ベットルームに向かうと、窓に近づき、私がカーテンを閉める。
「いいんですか?」
先程の溜息はどこへやら、彼女は不安げにこちらの表情を窺う。
「何が?」
「…なんでもありません」
彼女は私が夜が苦手であることを知っている。新月の夜は特に。
それを知って、今日は訪ねてきたであろうに、彼女は素直にそう言わなかった。
私は優しさに気づかないフリをして、彼女を引き寄せ、ベッドに倒れこむ。

背後の暗闇を忘れ、彼女を腕に抱き、私は静かに目を閉じる。
2005.01.05 Wednesday ... - / -
#深々と

ウィーーーーン……と、車内に妙な音が響き、やがて車が完全に止まった。
運転席にいる彼女は珍しくあわてた様子で、エンジンキーを何度もまわしているようだった。

「中尉、どうした?こんなところで車を止めて」
「…動かないんです」
「動かない…というと?」
「車がどうやら故障したみたいです。」

車のガラス窓が曇っている。外は寒いようだった。
きゅっと手で曇りをぬぐうと、外には一面の雪がみえた。まだ雪は降っているようだった。
広がる景色は銀世界。真白で他には何もない。




今日は一日中、外を回る仕事でスケジュール帳がうまっていた。
デスクワークよりも、外に出て誰かと話すというほうが、私には向いていた。
デスクワークよりも数段頭を使うので、退屈ではないからだ。
だから今日のように、外を回って対談するような仕事ばかり、という日は、多少気分が良かった。

自分で運転して行こうとも思ったのだが、ホークアイ中尉に止められた。
彼女曰く「こんな雪の日の道路を大佐が安全に運転できるとは思いません」
なるほど、と思い、結局は彼女が運転をして各地へと送り届けてくれることにしてもらった。
私が相手を訪問している時間、彼女は車の中でノートパソコンを開き、書類に目を通している様子であった。仕事熱心なことだ。
このように彼女が一日中車の運転をする…というのは珍しいものだった。
珍しいことは続くもので、今度は車が止まっってしまったようだった。
あちこちといじってみたが、結果は同じ。結局車は動かなかった。

「申し訳ありません」
「君が謝る必要はないだろう。車の故障だからな。」
「それはそうですけど…」
「それに今日の用事はもう終わったのだろう?あとは司令部に帰るだけで、特に支障がでるわけでもない。」

そう言って、私はドアをあけて車の外にでる。後ろ手でドアをバタンとしめた。
外は雪が降っていて、道にも相当な量が積もっていた。周りは真白。空気が冷たく、息も白い。
車の外観を見るが、特に故障した形跡もなく、お手上げ状態であった。
車を見つつ、冷える手を息で暖めていると、彼女も車の中から出てきた。
そして私は中尉の格好を見て目を丸くした。彼女がコートを着ていなかったからだ。

「君、コートは?」
「それが…出かける時、慌しかったので司令部に置いてきたままで…」
「それは…君らしくないな」
「今日は車内にいるだけと思っていましたから」
今日は珍しいことだらけだ。そう思いながら私はコートを脱ぐと、彼女の方へと放り投げる。
それは彼女に着ろという意思表示。彼女は受け取るものの、眉をひそめる。

「いけません。大佐が風邪をひきます。」
彼女はコートを突っ返そうとしてくる、が、もちろん私は受け取らなかった。
「私はこれでいい」
「でも……」
「私は大丈夫だよ。それに今、君に風邪をひかれたら部署は大騒ぎだ。この年末の忙しい時に、仕事を把握している者がいなくなるなんてね。」
「大佐…そう思うなら、自分で仕事を把握してくれませんか?」

私はその言葉を聞こえないフリをして、足早に歩いて、彼女の声が本当に聞こえない位置まで離れた。コートを突っ返されないようにだ。
そして、平らな雪に足跡をえいえいとつけるのが楽しかったのもあるし、動いてコートの分の熱を補おうとしたからだった。
後ろを振り返ると、彼女は観念したのかコートを着ていた。
私は彼女のコート姿を見て、コートを着ていないことなんて忘れてしまうような、そんな暖かい気分になった。



**********


「これからどうします?」
「司令部まで、そんなに遠くもないだろうし、歩いて帰るのもいいな」
「歩いて…ですか?」
「珍しく雪も積もっていることだし、こんな散歩も悪くない。」
彼は子供のようなことを言って、歩きだした。
確かにこれほど雪が積もるのは珍しいことで、浮かれる気持ちも分からないでもなかった。
私は彼のコートを着たまま、後ろをついていく。
そんなに大きな身長さはないものの、やはり多少はぶかぶかだと思い、袖の端をまくる。

「大佐。このコート、長い間、洗ってないんじゃないですか?」
「なぜ?」
「煙の匂いがしみついてます」
「……」

普通の男のコートならば、これはタバコの煙の匂い、ということになるのだろうか。
だけど、私は知っていた。この匂いが、タバコの煙の匂いなんて、そんな平和なものじゃないことを。これは焔の名残だった。

「寂しい独身だからね。洗ってくれる人もいないんだよ」
「…私が洗ってきましょうか?」
私がそういうと彼はくるりとこちらを向いて、まじまじと私の顔を見る。
「なんですか。」
「いや、珍しいことを言うものだと思って。いつもなら私が言っても「そんなの自分でやってください」って冷たく言うじゃないか」
「今日はコートをお借りしてますから。」
「なるほど…まあでも洗わなくても構わない。」
「どうしてですか?」
「煙の匂いはまたつく。一度ついたものはそうそう消せるものじゃない」
煙の匂いは命の重みを表しているとでもいうように、大佐は消せるものじゃない、ともう一度つぶやいた。

私も思わず引き金をひいた後の火薬の匂いを連想した。
寒さから出る吐息さえ、硝煙のように思える。
周りは雪で真白。なのにどうしてこんなに居心地が悪いのか。
真っ白な雪の中、私たちだけが、その場所にそぐわないような気がした。こんな白さは私たちには似合わない。

「まあ…だが、どうしてもお礼をしたいというのなら、手でもつなぐかい?」
「どうしてそういう方向に話が進むんですか」
「手がどうも冷えてしまってね。お礼に暖めてもらおうかと」
コートを借りている手前、私は断ることもできず、黙って右手を差し出す。大佐も手を差し出して、私の手を握る。
するとどうだろう。大佐の手のほうが暖かかった。

「…大佐、私の手のほうが冷たいです」
「確かに。この展開は予想外だな。どうして君、こんなに冷たいんだ?」
私が手をほどこうとすると、大佐は力をこめてそれを拒む。
力ではかなう筈がなかったので、手をほどくのは失敗に終わってしまった。

「これじゃあ私だけが暖かいじゃないですか」
「そうでもないさ」
そういって、大佐は結局手を離さないまま、歩き出してしまった。
確かにここで止まっているよりも、司令部に早く帰ったほうがよさそうだ。雪がまた降ってきたからだ。
大佐はコートを着ていない。早く帰らなければ、そう思うのに。
このままずっと着かなければいいのに。そう思う自分もいるからどうしようもない。
そう思うけれど、やがては着く。時間は流れる、止まらずに。

そしてやがて春が来る。
今、手に在る暖かさを伴って。

2005.01.04 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#そこにいてくれるということ



今日は慌しい一日であった。
中央で国家錬金術師が何人も殺されたことから、中央司令部から東方司令部に何人もの国家錬金術師達が逃げてきた為だった。

「国家錬金術師たるものが情けない様だな。」
「大佐。そのような発言はお控えを。誰に聞かれているか分かりません」
「構わんよ。国家錬金術師なら自分の身くらいは自分で守れ。聞かれて中央に帰ってくれるというのなら、いくらでもつぶやくさ。」

彼は忌々しそうにそう呟いた。自分の陣地を荒らされる事が、気に食わないのだろう。
自分の陣地は自分で仕切る…そうしないと気がすまない男なのだ。
だが、私も早く中央の人間たちに帰ってもらいたいというのは、同感であった。
彼らの宿泊する場所、食事、車の手配などをしなければいけないという仕事が増えたからだ。

「数日の辛抱ですよ。ほとぼりが冷めれば、徐々に減っていくでしょう。」
「それはそうだが…ああ大勢いられては、邪魔で仕方がない」

「あら、私も邪魔かしら?」

それは私が発した言葉ではなかった。ふと後ろを振り向くと、私の見知らぬ女がいる。
その女が発した言葉であった。年は33,4才といったところであろうか。
後ろに長い髪を束ねている。綺麗な女性だった。

「ジェーン…少佐?」
「今は中佐よ。まあ……あなたの下になってしまったことは変わりはないけど。」
「これは失礼しました。ジェーン中佐。」
階級が下なのにも関わらず大佐が敬礼してそう言う。昔の上官なのだろう。
どちらにしても、私にしては階級が上なので、私も敬礼した。

「最後に会って…もう8年ぶり?久しぶりね」
「ええ…俺が移動したのが、8年前ですから。」
「変わりないみたいね」
そう言って、女は大佐の頬にふれた。
それは一瞬のことであったが、大佐は特に身じろぎする様子もなく、当たり前のように触らせた。
その触れ方はあからさまに異性を匂わせるもので、私は不快になる。だが、それは表には出さないように努めた。

「じゃあ、私そろそろ行かないと。こっちにいる間、時間があるならまた話しましょう」
「ええ、ぜひ」
そう言って、女は廊下の向こうに消えてしまった。私と大佐は彼女とは正反対の方向にある部屋に向かう。
彼は何もなかったかのように歩いた。私も何もなかったかのように歩いた。
けれど内心、動揺しているのは確かだった。なぜなら、彼が自分の一人称を「俺」というのは、慣れ親しんだ者の前でしか使わない一人称だということを、私は知っていたからだ。





彼女に最後に会ったのは自分が22、彼女が26の時だった。
あの頃、自分はまだ中尉であり、彼女は若くして少佐の地位にいた。
それは、彼女も国家錬金術師であり、イシュヴァ−ル戦以前の各地での小さな内乱で、業績を上げていた為である。

8年ぶりに彼女に会ったわけだが、思い出に耽る余裕はなかった。
それは言うまでもない。ホークアイ中尉が隣にいたからだ。
彼女の勘は並外れて良い、ということを私は身を持って知っていた。
先ほどの頬を触れた時の様子で、おそらく過去に何があったかを彼女は見抜いているのだ。
そうなるのは分かっていた。しかし彼女の手を振り払うことなど、出来なかったのである。

「ジェーン中佐は、私が昔いた司令部の上官でね」
「そうですか。」
「その頃は少佐だったのだけれど…いつの間にか中佐になっていたようだ。」
「そうですか。昔の上官を抜けてよかったですね。おめでとうございます。」

彼女の台詞はいちいち棘がある。
しかし、直接何かを言ってくるわけではないので、弁解の仕方が分からない。…いや、そもそも弁解をする必要などないのだ。
ジェーン中佐との間に関係があったことは、彼女に出会う前のことなのだから。
だが、理論でそうは言っても、感情が納得しないということは、私にも分かっていた。
もし見知らぬ男が彼女と昔付き合っていたなぞと言えば、その男に腹が立つに決まっているからだ。
しかし、こうも「そうですか」と、我関せずといったように連発されては、私が面白くないと思うのも事実で・・・。

「君ね、少しは素直になったらどうなんだい」
「何がです?」
「そういうところが素直じゃない、といっているんだが」
「そうですか。別に素直じゃなくても結構です」
「そうですか」ともう一度続いて、私は何かがプツンと切れた。
「そうか。じゃあ私は夜勤もなく、これから約束があるので急いで帰るが、君は止めないんだな?」
「どうぞご自由に。」
「…そうか、分かった。」

私はそう言って、ハンガーにかけていた上着を取ってそれを着て、部屋から出た。
部屋の前で10秒ほど待ってみたが、彼女が追ってくる様子はなかった。
それを寂しく思い、馬鹿なことをしてしまったものだと悔やむ。
まあいい。これから約束があるというのは本当だった。今から行けば早く着くことは分かっていたが、約束の場所に向かおう、そう決めた。そしてそこで今日の愚痴を呟こう。
愚痴を呟く相手は、ヒューズというむさ苦しい旧友であったが、今日みたいな日には絶好の相手だと思えた。



3

(引き止めてあげるべきだったかしら。)
大佐が部屋を出て行ってそう思ったが、そうする理由が見つからなかったのでやめた。
大佐がイライラしている理由は、私にもなんとなく検討はついていた。
ようは私に嫉妬をしてほしいのだろう。だが、私はそんな様子を見せたくなかった。
彼はずるいのだ。彼がジェーン中佐のことを昔の女だと言うのであれば、私も嫉妬するものの、彼はそうは言っていない。
私にだけ感情を吐露しろというのは、フェアじゃない。

それに私は夜勤で、そんなことを考えている場合ではなかった。
今日の昼に来た国家錬金術師たちのリストを作って、どこに滞在しているかを把握しておかねばならない。
私事よりもそちらの方が優先すべき事項であった。




******




コンコン

リストを作っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
こんな夜更けに誰だろうと思いつつも「はい」と返事をする。
「こんばんは。ジェーン中佐だけど、入ってもいい?」
「…!?ええ…どうぞ。」
「お邪魔します」
彼女はドアを開けて、部屋に入ってくる。
「中央の方達には、ホテルの部屋をお取りしたはずですけど・・・」
「ああ、知ってるわ。断ったの。豪華なホテルなんて、堅苦しくて」
そういって、彼女は部屋の中をぐるりと見まわした後、一番近くの椅子に座った。

「マスタング大佐は夜勤じゃないので、すでにお帰りになりましたけど…」
「ああ、いいのよ。用があるのは、彼にじゃなくて、あなたにだから。」
「私…ですか?」
「ええ、そうよ。」
「用件はなんですか?」
「あなたのこと、噂に聞いてるの。焔の錬金術師の側にいる凄腕のスナイパーってね。」
「…はあ。」
「でね、物は相談なんだけど…あなた私の下につく気、ない?」

予測とはまったく外れたことを言われて、私は驚いた。
てっきり大佐についてのことを根掘り葉掘り聞かれるのかと思っていたのに、彼女は私に昇進の話を持ち出してきたのだ。

「ロイ君…じゃなかった。今はもうマスタング大佐、ね。彼は色々と無茶するでしょう?その点、私はそんな無茶はしないし。どう?中央にくるってことは、昇進ってことだし、あなたにとっても悪い話じゃないと思うわよ?」
確かに悪い話ではなかった。
私は別に昇進したいという願望が強いわけでもなかったし。
本来なら安定を望むタイプであるのだ。でも、答えは最初から決まっていた。

「私は……」

私は丁重に答えた。彼女はそれを静かに聞いてくれた。
そして、私の答えを聞くと、彼女は「そう、わかったわ」と言って、満足そうに笑ったのだった。
その後、少し話をして、最後には「邪魔したわね」そう言って、彼女は扉から出て行く。
夜中についた台風みたい、私は彼女のことをそんな風に思った。
真夜中に起きている人間の心だけをかき乱す。でも朝になって起きた皆は、そんな風のことなど知らないのだ。





ヒューズと飲むと無茶をさせられる。昔からの仲だからか、ついハメを外しすぎるのだ。
いつも駄目だとは思うものの、たまには良いかと思い、結局いつも飲み過ぎる。
昨日の酒はまだ抜けきらず、二日酔いになってしまった。

「ロイ君」
痛さの響く頭の中に、懐かしい声が響いた。振り返ると彼女はいた。
「ジェーン…中佐」
「中佐なんて、つけなくてもいいのに。」
「お久しぶりです…昨日はまともに話もできなくて…」
「いいのよ。隣にいた彼女に聞かれたくなかったのでしょう?」
彼女は変わっていない。こういう頭の回転が速いところが好きだったことを思い出す。
ああ、そういえばホークアイ中尉も頭の回転が速い。自分の女の趣味は昔から変わっていないのだなと思い、思わず苦笑いを浮かべてしてしまう。

「噂どおり、美人だったんで、ちょっと意地悪しちゃったけど」
「噂…?」
「あなた、自分が目立たずに行動しているとでも思ってるの?イシュヴァール戦やら何やら、あれだけ派手にやらかしといて。」
「いや、俺はともかく、ホークアイ中尉の噂って…?」
「焔の錬金術師には、いつも凄腕の美人スナイパーがついている、って噂」
「…そんな噂が」
自分の噂は中央に届いているだろう、その自覚はあったが、まさか隣の彼女まで噂になっているとは、予想していなかった。彼女が中央まで知られているのかと誇らしい気持ちになると同時に、彼女のことは誰も知らなくて良い、自分だけが知っていればいいのだとも思い、妙に複雑な気持ちになる。

「そう。思わず中央に勧誘しちゃったわ。私の部下にならないか、って」
「…!?彼女はなんて。」
思ってもいないジェーンの行動に一瞬驚くものの、ホークアイ中尉は、断っただろう、と確信に近いものを感じていた。
彼女は私の側に常にいる、だからそんな勧誘に乗るはずがない。
そう思っていたのだ。
だが、ジェーンは予想に反する答えを口にする。

「考えておきます。だって。あなた、意外と信頼されてないんじゃない?」

頭痛のせいで言葉の意味を理解するのに、多少時間がかかった。
そしてその意味を把握した時、自分の頭が真っ白になるのを感じた。


NEXT

2005.01.03 Monday ... comments(0) / trackbacks(0)
#Pain

情事後、退廃的な空気が部屋をつつんでいた。
経験からして、この空気はおかしいわよね、と私は自嘲気味に笑った。
上官とこんな関係をもっていることに。そしてベッドの下におちている一つのピアスを見つけたことに。
ピアスにたいして私は明らかに嫌悪感を感じたが、それに気づかないふりをした。
気づいたところで、私は大佐にそれを咎める権利などもっていないからだ。
こうやって時々関係をもつのは、お互い慰め合っているだけなのだから。

大佐はシャワーをあびていた。洗面台の向こうから、ざーっと規則的に流れる水の音がきこえる。
私はピアスをじっとみつめる。鮮明な赤色のピアスだった。
焔の赤、せめてこれが大佐から女に送ったものではなく、女が大佐を想って買ったものであればいいのにと思った。

ピアスを見つめていると、いつのまにかシャワーの音が途切れている事に気づいた。
こちらにくるわね、そう思って咄嗟にベッドの下にピアスを放った。
持ちどころが悪かったのか、ピアスの針が私の指先にあたり、痛みを感じた。手をひきあげる。
右手の人差し指をみると、そこからは血がでていた。鮮明な赤だった。
私はティッシュをとり、血をふきとるものの、血はあふれ続けた。
私はそれをみていると、あふれるのが血なのか何なのか―――、痛みを感じるのは皮膚なのか、それとももっと別のものなのか―分からなくなってくる。
泣きたいような気持ちになるが、後ろのシャワー室のドアが開く音がしたので、私はこらえた。

「どうした?」
出てきた大佐の第一声はそれだった。
なんのことかと思い、大佐の視線の先に目をやると、私の指から血があふれ、いつのまにかシーツを少し汚していた。
「すいません、汚してしまって」
「そんなことはかまわない。それより、怪我は?」
大佐は私のそばにおちているティッシュで私の指をおさえる。
「どうしたんだ、この怪我」
「さあ…いつのまにかどこかにひっかけてしまったみたいで…」
私はとぼけてそう答えた。
大佐は「そうか」とだけ答えたけれど、彼のことだ。もしかしたら怪我をした原因すら分かってしまっているのかもしれない。

「止まらないな」
彼の言う通り、私の血はなかなかとまらなかった。
彼は諦めたのか、指をおさえていたティッシュを横にぽいっと放った。
すると彼は私の手首をつかんで、自分の口もとへもってゆき、指から出る血をなめとった。
舌の動きはそれだけに留まらず、下から関節のくぼみすら味わうように、ゆっくりとなぞる。
舌はやがて指の先までたどりつき、爪先に軽くキスをする。私はそれだけの行動で背中がぞくりとしてしまう。悔しいくらいに。

私は指を自分のほうに戻し、今度は自分の舌で傷口をなめた。血は嘘みたいに止まっていた。
彼は私のその行動を開始の合図ととったのか、私をベッドの上で組敷いた。
その爪先で、彼の舌をひっかいてやりたいと思う。けれど私にそんなことはできないのだ。
彼は顔を私のほうに落としてきて、彼の唇は私の唇をとらえる。私はそれにさからえない。
ああ、そうやってまた

堕ちてゆく
2005.01.02 Sunday ... comments(0) / trackbacks(0)
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